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いけない、いけない。

by おたかな

オカンが「あーん。」と鳴いた。

私のオカンは予想していなかった悲しいことや、洗濯機の後ろにスマホを落としてしまうようなイヤーな事態が起こると「あーん。」と鳴く。

多分鳴いて知らせている。

すぐさま「どうしたのー?」と声をかけないと、もう一度鳴く。
二度目の鳴き声は「やーだー!」だったり「ちぇー!」だったり「しーんじらんなーい!」だったりするわけだが、まあ鳴く。その出来事のイヤー度合いによって二度目の鳴き声は変わっていると思われ、「しーんじらんなーい!」の時は結構やばい。(だって"Unbelievable!"なわけだから、まあ、やばい。)あと他2つの違いは娘の私でも良くわからない。

そうこう考えているうちに二度目の鳴き声がした。
今日は「やーだー!」だった。やなんだろうね。

二度も鳴かれてしまうと大して薄情でもない私はまあ一応「どうしたの?」と声をかける。(ちなみに声をかけない場合でも、「え?あのね。」とか言い出したりするから厄介だ。ブログなどを書いていようものなら頭の容量の少ない私はすぐに言葉が頭から消え去りスマホケースの皮が破れてしまったことを慰めることで手一杯になる。)

この日はどうやら、母が使っていたガス会社からの粗品の御多織を黙って私の兄が雑巾にしてしまった話らしかった。そうか。黙って人のものを切り刻んではいけないな。オカン、かわいそうに。
「そっかそっか。」

しかしオカンはどうしてガス会社の粗品の御多織に「あーん。」とか「やーだー!」とか鳴いたのか。粗品の御多織など大方最後は雑巾になるために生まれてきたようなものではないだろうか。それとも母は黙って人のものを切り刻んでしまう息子の非人道的な行いを悲しんでいるのか。しかしうちの兄のそのような行動は今に始まったことではない。(「アイス、イチゴとチョコどっちがいい?」と聞くと「どっちも。」と返ってくるような兄だ。実に非人道的だと思う。まあそれは置いておいて。)第一、まだ粗品の御多織は目の前に三枚あるではないか。目の前に三枚あるということは、家中探せば十五枚は出てきそうなところだ。まあその辺はさだかではない。

さてはその一枚の御多織はオカンにとってとても大事な思い入れのある粗品という矛盾をはらんだ一品だったのだろうか?私は考えた。あらゆる可能性を考えた。さては、さては、その粗品の御多織は献身的に毎月ガスの検針にくる若い男性楠崎さんとオカンのなんらかの結びつきだったのではないか?なんらかの、なんらかのそれはもしや来月もあなたと。「多織って言葉、魅力的だと思いませんか?多く...織る...僕も奥さんと多くの糸を...!!」「楠崎さん...!!...素敵!!」

...いけない、いけない。

「これ靴とか磨いていたやつなのに、あの子これでどこ拭いたのかしら〜!」
「そういうことか!!」

いけない、いけない。
2017.1.13
体育レポートやろっと!


おたかな
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